”調子の悪さ”に負けずに実力を出す秘策 満足しながら結果を残し自分も周りも幸せに!

「何だか知らないけど今日はやけに調子がいいな」

逆に

「今日は何をやってもうまくいかないな」

なんて経験、あなたも1度や2度はありませんか。

人によっては気づきさえしないほど小さかったり
生活のすべてが影響を受けるほど大きかったりする好調・不調の波。

今回はそんな、にんげんだったら避けることのできない”調子の波”に
振り回されずに安定した実力を発揮できる方法
のお話です。

誰にも平等に勝手にやって来ては去っていく”調子の波”

好調・不調の波というのは
大きさの差はあっても
誰にでもあるもの。

調子がいいときと悪いときの差が小さければ
自分で気づかない人も多いくらいです。

また波のうねりがあまりに大きすぎる場合にも
高低差の全部が視界に入りきらないために
まさか調子の波に左右されているなんて思いもよらなかったりします。

物事がおもしろいようにうまくいくときには

「オレってすごくね?」

なにをやってもダメなときには

「努力が足りなかったのかな・・・」

なぁんて一喜一憂していたりする人、
あなたの周りにもいませんか。

まぁ上の例は大げさだとしても
そんな人が近くにいたらはっきり言ってメンドクサイ。

こっちが何をしていようとお構いなしで
盛り上がったり落ち込んだりされたら
気が散ってしかたがないですよね。

でも!

そんな”メンドクサイ”やつ、
実はあなたのそばにもかならず存在してまいす。

それがあなたにおとずれる”調子の波”というわけなのです。

そんな迷惑なものにどう対処したらいいのでしょう。

答えは調子のいいときに隠されていました。

実は調子のいいときに決まる? 調子の悪さを乗り越える方法

これ、わたし自身がビョウキになったから切実に言うんですけれどね。

ムリなんてするものじゃないですよ、ほんとに。

いや、わかります、わかりますよ。

そうは言ってもムリしなきゃならない事情なんて
いくらでもあるってこと。

「仕事だから」 とか。

体験例その1:
わたしが休んだら、今日締め切りの支店への連絡誰がするの?
熱なんかあったって這ってでも行かなきゃ。

「期待を裏切るわけにいかない」 とか。

体験例その2:
母親宅に押し入り強盗が入った?
それで母親はどうしてる?
お風呂に入ってて物だけ盗られて無事だったけど
怖かったって弟くんに抱きついて泣いてる?
おいおい、その子中学生だよ・・・しっかりしてよ、母。
しかも弟くんはしっかり強盗とはち合わせてる?
母親が騒いでて調書が取れないって警察の人が弱ってるって?
強盗騒ぎが午後3時で今もう夜10時じゃないの。
警察の方にもご迷惑だね、それじゃあ。
わかったわかった。とりあえず最終で向かうから。

「辛いけど自分ががんばらなかったらこの子たちはどうなるの?」 とか

体験例その3:
日の出小学校 3年3組 ○○うみか

またお母さんとお父さんからいなくなりました。
もう一週間くらいです。
お母さんがいなくなった夜に作ったカレーも
もうなくなってしまいます。
一番困るのは、赤ちゃんの粉ミルクがなくなることです。
おっぱいを飲めないと赤ちゃんは死んでしまいます。
お母さんかお父さんが帰ってきたら
粉ミルクの缶をいっぱい買ってもらおうと思います。

・・・ゴメンナサイ。

一生懸命記憶をしぼったんですけど
多少現実離れした体験談しか出てきませんでした。

とにかくですね。

「ムリするなって言われても
 ムリでもしなきゃどうにもならないことってあるじゃない?」

ということを言いたかったんです。

それでですね。

責任や期待がある中で

☆できるだけムリもせず

☆でも周囲の期待にもこたえて

☆いつもそれなりの実力を出す

ためにはどうすればいいのか、というのが
このお話の一番上にのせた図なんです。

もし自分の実力を出せる範囲の基準を作るとしたら
ちょうど中間あたりがいいんじゃないかな、と思いますよね。

ところが!

自分の実力を出せる範囲の基準は
絶好調と絶不調の中間どころじゃなくて
実はちょっと調子が悪いくらいのときを基準にするのがいいんです。

”調子がいいとき”は周りに尽くすためじゃなく自分をいたわるためにある

余計な力みなく
いつも安定した実力を結果を出し続けるためには

1.調子がいいときに中間よりちょっと下寄りに”自分の範囲”を決めて

2.淡々と目の前のことをこなしていく

のが鉄則。

どういうことか説明しますね。

調子がいいときは自分にはできると思えるから
大きめの期待や重めの責任を引き受けてしまいがちです。

こんなときは

「自分の実力もとうとうここまできたか!」

という感じがして
その状態がそのまま続くように思えてしまうんですよね。

でもそれはいわば”瞬間最大風速的な実力”でしかなくて
できるかぎりの努力をしたからといって
いつでもそれだけの能力を発揮できるわけじゃなかったりします。

「そのいいときに合わせて自分を引っ張り上げて
 成長していけばいいでしょう」

と思われるかもしれませんね。

もしそう思ったのなら
あなた自身が今、調子がいいときにある可能性が高いです。

調子が悪いときにはわかりますから。

「にんげんそんなにがんばり続けられないよね」

って。

理想は調子のいいときがずっと続く状態だけれど
残念ながら現実はそうはいかない。

だったら調子が悪くなったときの自分が困らないあたりで
いつでも淡々とやり続ける方が
安定した実力を発揮できるとは思いませんか。

そして、”自分の範囲はこのへんかな”というのを決めるのは
余裕のある調子がいいとき

調子が悪かったときのことを思い出して想定します。

だって、調子が悪いときに

「今の自分を基準にしよう」

と考えるのはつらいですから。

そもそも気持ちに余裕がない上に
目の前のことをこなすので精一杯。

気持ちもつい落ち込みがちなときに

「これが自分の実力なんだ」

なんて思えないですよ。

苦しいときにわざわざ自分を追い込むなんて
修行僧じゃないんだし。

余計に落ち込むじゃないですか。

何かの能力に差があるときに
上から下におりることはできても
下が上に合わせるのは難しいですからね。

たとえばもし、やっとたどたどしく
おしゃべりができるようになったばかりの幼児と
小学生がいたとします。

そして小学生が鼻の穴をふくらませ腰に手を当ててひとこと。

「にんげんなら、もっとペラペラしゃべりなよ。
なに言ってるかぜんぜんわかんない」

そんな場面にでくわしたら

「それはムリでしょ。
 しゃべれるあなたが合わせてあげないと」

と思いますよね。

自分の中で起こる、制御できない調子の波にしても同じこと。

”調子いい子ちゃん”と”調子悪い子ちゃん”がいるなら
できる方ができない方に合わせるのが自然なんです。

できないものになにを言っても
できないときはできないんだから。

それに”調子悪い子ちゃん”にしても
目も当てられないほど
まったくなにもできないわけじゃないですからね。

焦らず、せかさず、できることを淡々とこなしていけば
”それなり”のことはできるものなんです。

そして”それなり”が、調子の悪いときに
最大限の努力をしてできることの限界。

だったら、もっとできそうなときでも”それなり”に合わせておけば
いつでもムリをすることなく実力を出し切れます。

周りからの期待なんて本当に勝手なもので
あなたが”それなり”で結果を出し続けていれば
期待されることもそのあたりに落ち着いてくるから
とってもラクになりますよ。

それは
期待を裏切るようではじめは恐いです。

でも誰もイチロー選手に
毎回ホームランは期待しないですよね。

それとおんなじで

「自分が取り組む範囲はココ」

と決めて、そこで結果を出し続けた方が
いつでも最小限の負担で期待にこたえられる
ようになります。

そういうのを

「自分に優しくする」

っていうんじゃないでしょうか。

みんな自分に厳しすぎるんですよ

なんだかねぇ。

世の中ひとりで生きているわけじゃないから
自分にはその気がなくても
競争に巻き込まれちゃうってこともありますよ。

他にも、あなたががんばってくれたら都合がいいものだから
どんどんあなたばっかりがいろいろ任せられちゃうとかね。

そうやって尽くした会社が、さんざん尽くした人たちが
あなたがつぶれてしまったときには
一番にあなたを切り捨てますからね。

だってそうでしょう?

本当に大切に思っている相手に
あなたがムリをし続けなくちゃならないほどのことを
背負い込ませたりなんかしないですよ。

あなたのことを”その程度”にしか思っていない組織や人のために
あなたが倒れるほどムリすることはないんです。

わたしはあなたに
あなたにだけは辛い思いをしてほしくないんですよ。

「赤の他人がなに言ってるんだか」

って思われるかもしれないけれど。

こんなにたくさん情報が溢れているネットの中でね。
たまたまわたしのお話を見つけてここまで読んでくれて。

もうそれだけでわたしにとって
あなたは大切なひとなんですよ。

特別な人です。

だからね。

伝え方はあんまり上手じゃないかもしれないけれど

「本当にムリだけはしないでほしいなぁ」

と思いながらお話しています。

一週間とか、1か月とか、寝込むのだっておおごとだけど
それくらいで元の生活に戻れるならいいですよ。

ビョウキなんかになっちゃったら
取り返しがつかないですからね。

ビョウキになることで、あなた自身の人生の大切な時間だけじゃなく
あなたの大切な人さえも失ってしまうかもしれない。

そんな淋しい思いはわたしひとりで十分です。

あ、今はね。

辛い辛いってばかり思って生きているわけじゃないですけどね。

おかげさまで理解ある人たちに囲まれて
人生の大きな目標も持って
自分なりの成長をしながら毎日楽しく過ごせています。

でも、ビョウキになった人生と
ビョウキにならなかった人生と

もし選べるのだとしたら
やっぱりビョウキなんかない人生を選びますよ。

つまりはそういうことです。

わたしにはもう選択肢はないのだけれど
あなたにはまだある選択肢を
みすみす捨て去ってほしくないんです。

本当にまったくの大きなお世話なのですけれどね。

「ビョウキになったから見えたことがある」

というような考え方は大っ嫌いですしね。

毎年何億も稼いで、満ち足りた人生を送っている起業家って
わたしの周りにはごろころいるんですけど

”最大瞬間風速的な実力”で駆け抜けた

なんて人はひとりもいませんからね。

少なくともわたしのまわりには。

みんな自分の”それなり”に合わせて
淡々とできることを積み上げていった結果
人からうらやましがられるような収入とか自由とかを手に入れています。

「いい人生を送っているなぁ」

と感じさせる人たちを見ていて思うのは
力の抜きどころをよく知っているな、ということです。

力の入れどころじゃなく。

だってこの世が明日終わるっていうなら話は別ですけれど
とりあえずもうちょっとは生きていく予定なんですから。

もうちょっと長い間、安定して実力を出し続けられる方が
何に取り組むにしたってそれはうまくいきますよ。

これかもっとたくさんの楽しいことが待ち受けているのに
今つぶれちゃうなんてもったいないじゃないですかって話です。

仕事にしても。

人間関係にしても。

自分自身にしても。

成長していくのは引き上げるより
底上げする感覚の方がうまくいく
んじゃないでししょうか。

あなたの理想はそばにいたくなる魅力的な人? 周りなんかどうでもよく自分だけのし上がる人?

これも

「あんなふうに生きられたら幸せだよね」

と感じさせる人たちを見ていて感じること。

それは上手な成長とか自分の立ち位置の作り方として
山の頂点を高くするんじゃなくて
山も谷も含めた全体を
ゴゴゴゴーッと上に移動させていく感じ。

上ばかり見て、頂点ばっかり引き上げていると
いいときはすごくいいんだけど
悪いときはすごく悪いという
周りにいると”メンドクサイ”、付き合いにくい人間ができあがります。

全体を上に移動していくと
当たり前ですけれど底も上がっていくので

「この人といるとなんだか居心地がいいな」

と思ってもらえる安定感のある人になります。

機嫌にムラがなくて、いつもそれなりに楽しそうな人ですね。

「ムリをしないで」

と言われるとまっ先に

「周りの人にどう思われるだろう」

「努力が足りてないって思われるんじゃないか」

ということが心配になりますよね、どうしても。

でも、自分にいつも余裕があって
だけどそれがけっしてイヤミじゃなく
むしろ精神的な安定がにじみ出ていて
周囲から信頼されて慕われている人って
どう思われるかより”自分の基準”を優先しています。

そういう人たちを見ているとつくづく

「あぁ。結果的には、ムリをしないでいる方が
 周りにもより大きな価値をもたらすことができるものなんだなぁ」

と感じます。

押し寄せては引いていく身勝手な”調子の悪さ”に左右されず
想像以上に満ち足りた人生を手に入れるために

1.調子がいいときに中間よりちょっと下寄りに”自分の範囲”を決めて

2.淡々と目の前のことをこなしていく

をぜひ試してみてくださいね。

なにがあってもぜったい楽しく生きよう! ↓